1972年7月19日生まれ
札幌出身 (らしいです。江別じゃないのかしら?実は←札幌人からのつっこみ(笑))
175センチ・78キロ (らしいです。でも自己申告だから・・・?!)
血液型 O型 (確かに、そんな感じがしますね)
ポジション FW(ウイング)
(以上アイスホッケーマガジンより)
年度 | 所属チーム | 試合数 | ゴール | アシスト | ポイント | 反則 |
1995(第30回) | コクド | 2 | 0 | 0 | 0 | 1 |
1996(第31回) | コクド | 6 | 0 | 0 | 0 | 0 |
1997(第32回) | コクド | 26 | 2 | 0 | 2 | 5 |
1998(第33回) | 日本製紙 | 40 | 8 | 21 | 29 | 8 |
1999(第34回) | 日本製紙 | 25 | 1 | 2 | 3 | 不明 |
2000(第35回) | 日本製紙 | 21 | 1 | 0 | 1 | |
合計 | 120 | 12 | 23 | 35 | − |
種類 | 日付 | 対戦 | 会場 | 時間 | アシスト・ゴール | 結果 | 備考 | |
1 | G | 97.11.26 | クレインズ | 盛岡 | 3P 5:10 コクド6点目 | A佐々木雄・佐々木圭 | コクド○6-3 | 日本リーグ初ゴール |
2 | G | 97.12.7 | クレインズ | 長野 | 3P 9:42 コクド1点目 | A佐々木圭・フォスター | コクド●1-2 | |
3 | A | 98.10.3 | コクド | 新横浜 | 2P 1:56 クレインズ1点目 | G飯塚 A小林 | クレインズ○2-1 | |
4 | G | 98.10.7 | 王子製紙 | 丹頂 | 1P 18:43 クレインズ1点目 | A佐藤・ディック | クレインズ●3-4 | 移籍後初ゴール |
5 | G | 98.10.14 | 古河電工 | 丹頂 | 1P 17:35 クレインズ1点目 | A小林・腰越 | クレインズ○5-1 | ゲームベストプレーヤー 試合後ヒーローインタビュー |
6 | A | 98.10.14 | 古河電工 | 丹頂 | 2P 15:22 クレインズ3点目 | G石黒史郎 | ||
7 | A | 98.10.14 | 古河電工 | 丹頂 | 3P 17:40 クレインズ4点目 | Gコンロイ・A竹内 | ||
8 | A | 98.10.24 | 雪印 | 月寒 | 2P 17:32 クレインズ4点目 | G佐藤・A小林 | クレインズ○5-3 | |
9 | A | 98.10.24 | 雪印 | 月寒 | 3P 11:41 クレインズ5点目 | G腰越・A佐藤 | ||
10 | G | 98.10.30 | コクド | 丹頂 | 1P 1:32 クレインズ1点目 | クレインズ△7-7 | ||
11 | A | 98.10.30 | コクド | 丹頂 | 3P 15:35 クレインズ6点目 | G腰越 | ||
12 | A | 98.11.3 | 古河電工 | 大阪 | 1P 7:54 クレインズ1点目 | G佐藤・Aディック | クレインズ○9-2 | |
13 | A | 98.11.3 | 古河電工 | 大阪 | 2P 13:46 クレインズ6点目 | G腰越 | ||
14 | G | 98.11.7 | 雪印 | 丹頂 | 3P 18:27 クレインズ3点目 | Aミタニ | クレインズ●3-6 | |
15 | A | 98.11.8 | 雪印 | 丹頂 | 2P 11:05 クレインズ2点目 | G腰越・A佐藤 | クレインズ○5-3 | |
16 | A | 98.11.8 | 雪印 | 丹頂 | 3P 12:05 クレインズ4点目 | G小林 | ||
17 | G | 98.11.14 | 古河電工 | 霧降 | 1P 6:42 クレインズ2点目 | A小林・飯塚 | クレインズ○4-3 | |
18 | A | 98.11.14 | 古河電工 | 霧降 | 2P 8:05 クレインズ3点目 | G腰越 | ||
19 | G | 98.11.15 | 古河電工 | 霧降 | 3P 15:34 クレインズ3点目 | A佐藤 | クレインズ○4-2 | 決勝ゴール |
20 | A | 98.12.5 | 西武鉄道 | 丹頂 | 2P 0:39 クレインズ1点目 | Gコンロイ | クレインズ●3-5 | |
21 | A | 98.12.13 | 王子製紙 | 白鳥 | 1P 9:33 クレインズ2点目 | G小林・A伊藤 | クレインズ○5-2 | |
22 | A | 98.12.16 | 古河電工 | 丹頂 | 3P 16:38 クレインズ6点目 | G藪野・A小林 | クレインズ○6-2 | |
23 | A | 98.12.19 | 雪印 | 丹頂 | 1P 7:03 クレインズ1点目 | G腰越・A小林 | クレインズ○6-1 | |
24 | A | 98.12.19 | 雪印 | 丹頂 | 3P 1:26 クレインズ5点目 | G腰越 | ||
25 | A | 98.12.19 | 雪印 | 丹頂 | 3P 9:05 クレインズ6点目 | G佐藤・A飯塚 | ||
26 | G | 98.12.20 | 雪印 | 丹頂 | 3P 4:14 クレインズ1点目 | A腰越 | クレインズ●1-7 | |
27 | G | 99.2.14 | 王子製紙 | 丹頂 | 1P 7:28 クレインズ2点目 | クレインズ○8-6 | ||
28 | A | 99.2.21 | 雪印 | 雪印 | 2P 12:47 クレインズ2点目 | G小林・A石黒史郎 | クレインズ△4-4 | |
29 | A | 99.2.24 | 古河電工 | 旭川 | 1P 8:18 クレインズ2点目 | G佐藤 | クレインズ○9-5 | |
30 | A | 99.2.27 | コクド | 新横浜 | 2P 16:18 クレインズ4点目 | Gミタニ・A飯塚 | クレインズ●4-7 | |
31 | A | 99.3.7 | 古河電工 | 東伏見 | 1P 11:26 クレインズ2点目 | G竹内・A飯塚 | クレインズ○5-2 | |
G | 99.3.13 | コクド | 新横浜 | 3P 17:26 クレインズ5点目 | A伊藤・石黒史郎 | クレインズ○5-3 | プレーオフファイナル第1戦 決勝だめ押しゴール! |
|
32 | A | 99.10.20 | コクド | 丹頂 | 1P 6:34 クレインズ1点目 | G石黒史郎 | クレインズ○6-5 | |
33 | G | 99.10.20 | コクド | 丹頂 | 1P 9:01 クレインズ2点目 | A石黒史郎 | ||
34 | A | 99.12.18 | 雪印 | 雪印 | 3P 3:35 クレインズ7点目 | G佐藤正和 | クレインズ○9-3 | |
35 | G | 00.12.16 | 王子製紙 | 白鳥 | 1P 3:08 クレインズ1点目 | A辻・腰越 | クレインズ○6-5 |
高校時代−北海高校(札幌)
北海高校で当然エース!ただ、その頃の北海高校を私は知らないのでこれ以上は書けません(笑)聞くところによると、交代する選手があまりいないので、1試合で40分以上リンクに出突っ張りだったとか・・・。学生チームならではの話ですね。。
ただ雅章さんは日本リーグ選手にしては珍しくインターハイに出場したことのない方です。1,2年の時は予選で敗退。3年の時は世界ジュニア代表で本人が遠征していたために、出場することが出来なかったのでした。
大学時代−明治大学(東京)
当然のように1年生の時からレギュラーとして定着していました。というよりも、この頃の明治大学ってメンバーがすごくて、
1年生・村上雅章(クレインズ)、中村直樹(王子)、井原将(元クレインズ)、佐良土雅久(元雪印)、小林智紀(Bucks)
2年生・高橋哲之(Bucks)、平田耕司(元クレインズ)、出町教輔(元雪印)、
3年生・村上裕幸(チェコ)、本間靖之(元古河)
4年生・平澤利秀(元雪印)、矢野文靖(元王子)、小野修(現クレインズマネージャー)、引木達也(王子)
とにかく右も左も世界ジュニア経験者とか、アジアオセアニアジュニア代表とか、ユニバーシアード代表とか、日の丸経験者ばかりだったんですね。入学したときから大学3年までとにかく大学の試合で負けたのはたったの1回。それも秋のリーグにたまたまプレーオフが導入されていた大学1年の時で、準決勝でぽろっと負けてしまったのでした。
でも、それ以外はほとんど勝ち。縦横無尽にリンクを駆け回ってゴールを量産する雅章さんの姿が東伏見スケートセンターにありました。
大学時代の出来事1
大学1年の時に選ばれた2度目の世界ジュニア代表の時、見事日本代表は世界ジュニア選手権Bプールで優勝!日本初のAプール入りを果たした時の主力選手だったのが雅章さんでした。全試合出場4ゴール1アシスト(チーム2位)。ちなみに1位は中村直樹さん(現・王子)の1ゴール5アシスト。第1セットで登場していて、その時のラインはFW村上雅章・中村直樹・小林智紀(現・古河)DF片山(コクド)・三浦浩幸(コクド)
大学時代の出来事2
MVP、ベスト6は数知れません。私が出来る限り調べ上げたのが以下の通り。
大学1年 | 大学2年 | 大学3年 | 大学4年 | |
春 | (不明) | − | ベストFW | ベストFW |
秋 | − | MVP | − | ベストFW |
大学1年の春のデータが手元になかったため、わかりません。大学1年次の秋はプレーオフで敗退して3位になってしまったために明治からの選出はなかったのでした。それと、インカレのMVPと得点王に関してはどうもアイスホッケーマガジン等に結果が残っていないため、調べることが出来ませんでした・・・。大学4年次はMVPだったんですけれどね!
大学時代の出来事3
大どんでん返しを全日本選手権で起こしたのも、雅章さんが大学2年の時のこと。明治大学が雪印に4−3で勝ってしまったんです。ホッケーを本業としている日本リーグの選手達に、学生が勝てるなんて誰も思っていなかっただけに、地元紙(北海道新聞)にも大きく取り上げられました。ちなみにこのときの第1セットは村上雅章・村上裕幸・平田耕司・高橋哲之・煤孫泰司と今全員日本リーグでプレイしている選手達です。
大学時代の出来事4
全日本選手権では雪印戦勝利だけではあきたらず、あわや・・・という試合も演じてきました。雅章さんが大学4年の時、インカレが終わってすぐに始まった全日本選手権で、1回戦で当たったコクドにはさすがに1−4と歯が立たなかったのですが、5〜8位決定戦で当たった古河電工にはなんと延長戦にまで持ち込んだのです。インカレ決勝の次の日には東京に戻り、その翌日にはもうコクドと試合していたというぐらいのハードスケジュールで、けが人も出ていたし、テストで試合直前にリンクに駆け込んでくる選手がいたりと戦力的にはベストにはほど遠かったはずなのに、互角に試合をしていたのです。選手は完全に勝つ気でいたようなのですが、延長戦で村上裕幸さんに返り討ちをされ(笑)3−4で負けてしまいました。ちなみに雅章さんはこのとき3点目の中村直樹さんのゴールのアシストを決めました。
大学時代の出来事5
「もう一生こんなに感激する事なんて無いよ、きっと」
という名言(?)を雅章さんが残して下さったのは、最後の2秒で優勝を決めた大学4年のインカレの後のことでした。決勝戦の同点ゴールを決めたのは雅章さん。詳しくは私の書いたノンフィクション「最後の2秒」に詳細に書かれていますので、そちらをご覧下さい。
インカレ決勝の2日後に伺った時の雅章さんのその瞬間の感想は
「俺、(決勝ゴールの瞬間)佐良土(GK・現雪印)の顔を見たらさ、もうぐちゃぐちゃに泣いてて、残り2秒でシュート打たれたらどうしようとか思ってたよ。でもみんな良く泣いてたよなあ・・・」
ちなみに雅章さんは決勝ゴールのあとの最後の2秒、優勝の瞬間をリンク上で迎えた方です。
日本リーグ1−コクド(東京)
3年間在籍しましたが、試合出場は34試合、成績は2ゴール0アシスト。そのうちほとんどが長野オリンピックのせいで主力選手をほとんど取られている時に出場したものでした。快足ぶりは大学時代と変わらなかったのですが、FWの層が厚すぎたのでしょうか?結局長野オリンピック終了後にコクドが行った選手のリストラ(?)対象となり、日本製紙クレインズへ移籍となりました。
日本リーグ2−日本製紙クレインズ(釧路)
移籍したクレインズで、ついに雅章さんの快足が花を咲かせました!第2セットに定着して、かつチームのムードメーカーとして大活躍中です!移籍1年目は8ゴール21アシストと過去最高の活躍!(といっても、コクドでは本来の雅章さんのプレーを見せるようなチャンスがほとんどなかったので、この年が雅章さんにとって日本リーグ1年目といって良かったかもしれません)チームも初のプレーオフに出場するなど、上昇気流に乗ってきました。
しかし2年目はチームは昨期よりも順位を一つあげて3位で終わりましたが、雅章さんは開幕3戦目でシーズン初ゴールは決めるものの、出場機会も少なく、1ゴール2アシストの成績で終わってしまいました・・・。
3年目もプレシーズンマッチでは毎試合のようにゴールを決めるが、開幕ラインナップに名を連ねることが出来ず、開幕4戦目の10月6日対雪印戦(札幌)で初出場、そして通算100試合出場を達成しました。そして12月17日の対王子戦(苫小牧)でシーズン初ゴール。しかし、残念ながらクレインズ3シーズン目の第35回リーグで日本リーグを引退することになりました。
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どんどんこちらまでメールを下さい。よろしくお願いいたします。
注意:このページは一応村上雅章さんご本人のご了承を得て作成しておりますが、このページ内に書かれていることに関しては全て私・くぼたきょうこの責任で書かせていただいております。何か不都合なことがございましたら、私のところまでメールをいただければと思います。
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